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映画「子宮に沈める」の感想

「子宮に沈める」という映画は、女として子育ての現実を知るうえで、見ておきたい映画だと感じた。
泣きわめく子供の声、気に障るほど泣くことももちろんある。
親の気を引くためにわざと飲み物をこぼしたり、、イライラさせる。
遊びに行きたい時に行けない、会いたい時に会いたい人に会えない、一言で言うと子育ては楽なものではない。
この映画を見て、母親の行動をジャッジできるほど、私は出来た女ではない。
ただ、言えることは、子育ては辛いだけのものでもないのだと思う。

「子宮に沈める」という映画

この映画は、2010年に起きた実話、大阪2児餓死事件を元にして作られている。
事実とは当然異なる部分もあるのだけれども、2児がマンションに放置されている事、兄弟の構成が姉と弟だという事(年齢も実際の事件の3歳と1歳9ヶ月に近いように感じる)等、事件を元にして作られていると感じる部分が多々ある。
2007年に起きた北海道苫小牧市の幼児放置虐待死体遺棄事件の描写も多いように感じる。
マヨネーズのシーンや、チャーハンのシーン等々。餓死させるつもりで放置したという、残忍な事件だ。

これらの事件を元にして作られているストーリー。映画だから当然演技、、なのだけども子供の姿には見ていて辛いものがあり、直視できなくなる場面もあった。題材となっている実話があるので、ネタバレも何も無いような気もするが、子供の辛い姿が延々と続き、見終わった後は何とも言えない気持ちになった。

この映画を見て心を痛めるような人は「私は虐待するわけがない」と思うはずだ。
幼児虐待のニュースは後を絶たない。ただ、誰もが虐待しようと思って子供を産んでいるわけではないはずだ。
どこかで、きっかけがある。スイッチのようなものが。
それを押さないようにするのは「母親」だけの力では足りない時があり、周りの援助や声があればわかる結果があるのかもしれない。

産んだ女は「母親」になる。母親は「子育て」をするのが当然と言われる

出産、子育て、、女の一生にはこの2つを行う人と行わない人がいる。
子供を産める人がいる。産めない人もいる。
子供を産めたとしても、子育てが得意でない人もいる。
ただ、産んだ女は「母親」と呼ばれるようになり、子育てをする必要がある。
産む前はただの「女」だった人が、出産を境に「母親」となるのだ。

もちろん、子育ては「母親」だけがするものではない。
子供が生まれるのには「父親」の存在がいる。
「地域」のサービスもある。ただ、子育てが「母親」のものであるかのよう言われている空気は感じる。

孤独に子育てをるすひとを「弧育て」と呼ぶようになったのはいつ頃からだろうか。
子供を連れて歩いていると、迷惑がられるようになったのはいつ頃からだろうか。

自分が子供だった頃、親がどんな気持ちで子育てをしていたのかは分からない。
ただ、自分が今生きていることに感謝したくなる。
女であれば、見ておいて後悔のない映画、と友人には伝えたい。

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